[PR] SEO対策 いちご・いちえ: もしも、わたしが牛だったら

2007年09月12日

もしも、わたしが牛だったら

9/11の読売新聞夕刊に、池辺晋一郎氏の文章が掲載されていた。
(月一度の連載、「耳の渚」)
「音の洪水」と題されたその文は、BGMを、ついつい聴いてしまい、イライラしたり、不快な思いをすることが多い、というもの。
住宅地、記者会見場、告別式会場のロビー、そして空港。
池辺先生ほどの人であれば、「BGMを切ってください」と、場所によっては、頼むこともできるだろうが、われわれ小市民は、そうもいかないのが現実。
仕事仲間は「クラシックが流れていると、気が休まらない」と異口同音に言う。
だいたい、モーツァルトの静かな曲や、フルート、ピアノ、ハープの小品などが多いけれど、耳がそちらへ行ってしまう。
レストランや喫茶店で、友人と向き合っていても、いったん、BGMが気になり出すと、会話は上の空になる。
それは、クラシックに限らないのだ。
もともと私は、知的作業の「ながら」ができない。
勉強はもとより、PC、読書も、近くで音が鳴っていると、内容が頭に入ってこない。
電話をかけて、相手の声の後ろから、何か音楽が聞こえてくると、これまた、相手の声よりも、その音楽に耳が行ってしまう。TVをつけているのか、CDをかけているのかわからないが、「音を切ってください」とはなかなか言えない。頭の中を、音楽と相手の声がぐるぐる回る中、一生懸命、話をして、受話器を置くと、くたくたになる。
酪農では、「牛にモーツァルトを聞かせると、乳の出が良くなる」と言われているそうだ。普通の牛は、モーツァルトでリラックスできるのか。だとしたら、私が牛ならば、良いお乳は出せないことになる。
牛じゃなくて、・・・よかった。
posted by きるしゅ at 00:00| Comment(0) | 音楽(07/10まで) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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