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2017年01月29日

一人称

TVアニメ「舟を編む」が放送されていた頃、思っていたのだけれど、書いていなかったので、ちょこっと書いておきます。例によって自分メモ。
それと、意見には個人差がありますっていうテロップを、頭の中に流しておいてください(汗)

主人公、馬締光也の一人称は、原作(小説)では「俺」、映画とアニメでは、「ぼく(僕)」。
私は、世に出た順(小説、映画、アニメの順)に、各作品にふれたのだけれど、それぞれの作品ともに、一人称の違和感は、感じなかった。
ところが、感想などを書かれたものを見ると、小説の「俺」に違和感を持った人がそれなりの数、いるような。それを知って、あらためて考えてみた。
アニメまで見てきて、原作(小説)に戻った時、私の頭の中には、アニメの残像があり、櫻井孝宏さんの声が残っている。映画の主演の松田龍平さんも、なんとなくちらついていて、そこであらためて本を開くと、確かに「俺」は、少し違和感があるような。
櫻井さんは、私の中では、「しろくまくん」なので、よけいにそうなのかもしれない。
かといって、俺がダメかというと、個人的にはそうでもない気がしている。
活字の中の「俺」は、画像と音声で「俺」というのとは、ちょっと違うのかなあ。
あと、私は三浦しをんさんの本を、「舟を編む」以前にも何冊か読んでいる。
彼女の著作、という点から言うと、最初に書店で「舟を編む」を手に取った時、まず装丁に驚いた。
三浦しをんさんの本にしては(失礼に聞こえたらごめんなさい。)、装丁がシックで――、それは「大渡海」の装丁だから、なのだが、あれ?と思ったのが正直な印象。しかし、文体は、「いつものしをんさん」で、ある意味安心した、という経緯があった。彼女の歯切れの良い文体には、「俺」が合うのではないか。
そして、小説の馬締は俺で良いのでは、と思う理由がもうひとつ。
辞書編集部の荒木さんが、第一営業部にいた彼を勧誘に来た時、小説の馬締は、突如、「大都会」を歌い始める。映画とアニメには、その場面はなかったはず。(あったっけ?)
あそこで、♪〜あーあぁーはってっしーなーいー、と歌ってしまう馬締は、「俺」じゃないかと。
「ぼく」の馬締は、歌わない(歌えない?)と思うのだよね。
……とそんなことを、つらつらと考えてみたりしながら、アニメが終わって、ひと月も経ってしまった。
せっかくなので、もう一度、小説「舟を編む」、読み返そうかな。
私の中で、どんどん男前になっていく西岡さんも楽しみながら。
ラベル: 雑談
posted by きるしゅ at 18:20| Comment(0) | 日常1602〜1809 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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